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![]() 「食する映画たち」1
映画を観たあとはたいてい食欲がます。スクリーン上に登場した料理が脳裏にすりこまれて、どうにも我慢ができないのだ。ピッツァをうまそうに食べているシーンに遭遇すると、すぐさまイタリア料理店へ走るというぐあいである。
映画作品そのものの記憶が、食のシーンに代表されるということも少なくない。ぼくにとってその初体験は『わんわん物語』ということになる。雑種の野良犬トランプと上流家庭に飼われているレディーが、イタリア料理店の裏口でスパゲッティにありつく。ふたり(いや正確には二匹)は一つの皿で仲良く食べるのだが、やがて口にした麺がじつは一本につながっていて、たどっていくとキスになるというシーンだ。有名な場面である。見たのは幼いころなのに、そこだけはなぜか記憶に残っているという大人も多い。そのときトランプが、皿に載ったミートボールを鼻でレディのほうへ寄せるという演出も、またうまかった。「恋」という存在を知ったことも収穫だったが、この世にはミートボールのスパゲッティというものがあり、それはどうやらたいへんなご馳走らしいと「学習」したことも忘れられない。まだ小学校に入ったばかりのころのことである。 それから数年して、淀川長治解説で知られたテレビ番組、日曜洋画劇場で『アパートの鍵貸します』を見た。ジャック・レモンが部屋にやってきたシャーリー・マクレーンにスパゲッティをつくるのだが、鍋から麺をこすのに使うのがテニスラケットだった。子ども心に、ほんとうにアメリカ人はそういう乱暴なことをしているのかしらん、と思ったことを覚えている。 日本人にとってスパゲッティとは、アメリカ経由で入ってきた料理だった。一時、喫茶店で盛んにだしていたナポリタンやミートソースは、イタリアンパスタ料理としては相当に怪しいげなしろものだったが、それでもまったく疑うなく口にしていた。で、案外旨かった。 アメリカのイタリア料理ということでは『リストランテの夜』が筆頭だろう。ここで最初に登場する料理は魚貝入りのリゾット。野暮なアメリカ人客は調理に時間がかかりすぎる、それになぜスパゲッティが添えてないのかと文句をいう。スパゲッティがほしい、ミートボールスパゲッティを! こういう「過った」注文に厨房のコックは激怒する。スパゲッティとミートボールは別の料理だ! というのだ。 イタリアの名曲ベラ・ノッテをBGMにトランプとレディーがロマンチックに食したミートボールスパゲッティは、じつはアメリカで流行った「アメリカ料理」だったという事実をこの映画で教わったしだい。映画の最後にはイタリアのフルコース料理が登場する。圧巻はティンパーノというパスタ生地でさまざまな食材を包み、洗面器で焼き上げたふるさと料理だ。イアン・ホルムが「こんな旨いものを食わせやがって!」と怒りだすくらい、たしかにこの上なく素晴らしい料理に描かれていた。パーティの客たちはドルチェまで堪能しつくし、食べ疲れでぐったりとしているというのに、映画の観客は空腹感をつのらせるという、なんとも残酷な映画であった。 けれど一番うまそうだったのは、一晩の宴が終わり、翌朝に弟のギャルソンが兄のシェフにつくってやるプレーンオムレツだった。店がつぶれることが決まり、兄弟は離ればなれになることがわかっている。それでも朝になれば家族は食事をする。このシンプルな料理を黙々とふたりで食べる。ゴージャスなフルコースにはない、あったかさがあふれた朝食のシーンだった。 つづく
嗜好571号 (2004/5月)掲載
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