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「夏の匂い」
 青い空にマシュマロのような入道雲がどんと浮かんでいたりすると、
 ――― ああ夏だなあ、とおもう。
 夏には入道雲、春には満開の桜、秋には紅葉、冬には雪景色。これらを目の当たりにすると、だれしも季節の盛りを意識してしまう。しかし、季節感は風景、つまり視覚だけの特権ではない。ほんらいの味覚もそうだったのだ。がいまでは、ハウス栽培と食材の国際的流通によって、食に季節を感じるのは難しくなりつつある。では音は?たとえば風鈴、虫の鳴き声、ヒバリのさえずり。これらも都会の日常からは遠く離れてしまった。皮膚感覚を刺激する風や空気の肌触りも、コンクリートで防護された密室と、エアコンの普及でだんだん怪しくなっている。結局、視覚だけが季節感を運ぶことになるのか。いや、これとてこのごろの異常気象では安泰とはいいがたい。
 案外、忘れられているのが嗅覚だ。つまり匂い。夏なら屋外プールの飛沫とともに空気に拡散した塩素のかすかな匂い。夏の匂いの典型だとおもう。
 ぼくには個人的で特別な夏の匂いというものもある。
 それは福岡の天神を歩いているときに、ふいに感じられる。ビルから出たとき無意識に立ち止まる。鼻孔がたしかに夏をとらえたからだ。博多湾からのかすかに届く潮の香りと、車の排気ガスと、アスファルトの熱気が混然となった匂いは、この街独自の夏の匂いだ。それを言葉で説明するのは不可能に近い。たとえば、ほかの街で暮らして何年ぶりかでもどったときにふと感じるような、気づいたときにはスーッと逃げていく微妙な感覚だ。
 季節を感じるには法則も科学もいらない。自分自身の体内にすりこまれた記憶を呼び覚ます、ほんの少しの想像力。たぶん、これがもっとも大切なのだ。
F97 No.13 (1997/夏号)掲載


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